2006年10月22日

17歳になった

この10月でポーは17歳になった。

17歳…

DREAM PRICE 1000 南沙織 17才


誰もいないうみー、2人の愛をたしかめたくーってー

というのは南沙織か森高千里の17歳だけど、
猫のポーにとっては80歳を軽く超えた年齢なのだ。

80歳のジジイ猫だけど、歯が抜けるわけでもなく、食欲が落ちるわけでもなく、本棚に飛びうつるのがへたになったわけでもなく、ポーの日常はなにも変らない。


17歳のお誕生記念に写真を撮った。

PA220048.jpg


黒くてなんだかわからない…





  
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2006年09月15日

第34話 西日が当たる部屋

西日が当たる部屋



ポーがいつもいる部屋は西日が当たるので、夏の時期の午後はかなりの暑さになる。だから日を遮る遮光カーテンを買ってきて出窓に取り付けて午後からはそれを閉めるようにしている。

でも、ポーはわざと出窓のカーテンの向こう側で横になっていることが多い。

いくらなんでもそこは暑いだろうと思うのだが、西日を浴びながら寝ているポーは全然平気のようだ。

猫は日向ぼっこを好むのは分かるが、炎天下の中でも平気なのだろうか。
もともと猫は熱帯の生き物らしい。どちらかと言うと寒冷地出身の犬に比べても「暑さ」にはめっぽう強いみたいだ。


手足や顔の尖った部分が黒いシャム猫も暖かい地方に連れて行って暮らし始めると全身から黒色が消えてしまうという。
寒い地方にいるから体温の下がりがちな末端部(手足)や鼻先を温めるために光を吸収しやすい黒色に変色させているらしい。

そうは言ってもポーはもう老齢でもあるし、シャム猫のように一部分ではなく全身が真っ黒なのでそんなに光熱を吸収して大丈夫なのだろうか。と思ってしまう。


それでもこの夏も食欲が衰えることもなく無事にすぎて、やっと涼しくなってきた。

ポーは自分の猫ベットや本棚の中にうずくまって寝始めている。



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2006年03月25日

第33話 ともに白髪の生えるまで

ともに白髪の生えるまで



白髪

猫に白髪というものがあるのかどうか解らないが、黒猫は年を取ってくると白い毛がところどころに生えてきて銀色になるらしいという。

猫だけでなく犬でも年をとると顔の周りがなんとなく白くなってきくるし、そういうジジムサイ犬は近所にもいてなんとなく解るのだが、猫も特に黒猫もそんなふうになるのだろうか。

ポーは今年の秋には17歳になる老猫だけど、まだ顔の周りに白い毛は生えてきていない。

銀猫になるのはまだ先のようだと思っていたら、先日足の先に白い毛が生えているのを見つけた。

左足のつま先の毛がごま塩のように見える。ホコリにまみれて汚れているのではなくて白い毛がまばらに生えているのだ。まだ左足の先にだけだけど、それを見つけたときにはショックだった。まだ元気に本棚にジャンプしているポーだけど、彼も確実に歳を取ってきているのだ。

考えてみればポーを飼い始めたときには僕はまだ独身だったし、それから長い年月が二人(僕とポー)の間に通り過ぎていった。同居人も増えたしポーよりも10歳年下の我が家の長男も今年小学校に入学するのだ。

そうかぁーお互い年を取るはずだなぁ…と僕はポーと話し合っている。

年を取ると月日の流れるのが早い。たぶんそう感じられるだけで実際には同じ時が流れているのだろうけれど、僕もポーも出合ったあの時とは違う時間に生きているのだと実感している。

でも、子どもが生まれる前、あるいは同居人と出会う前の僕のことを知っているポーがかたわらにいてくれるだけでどれだけ心癒されただろうと考えると、僕にはだんだんと銀猫になっていくポーがかけがえのない『同志』のように思えるのだ。



posted by ころすけポー at 05:25| Comment(2) | TrackBack(0) | 猫の思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月23日

第32話 ストーブの前で動かない


ストーブの前で動かない



寒い日が続いている。

まだ12月なのに北陸では大雪が降っているし関東地方も例年になく朝晩の冷え込みが厳しい。
ポーが普段いる部屋も寒い。ここは僕の書斎なのだけど僕がたまにタバコを吸う時にヒーターをつける以外は火の気がないのだ。ポーも暖かいア居間に下りてくることもあるのだが、2歳の次男が追い掛け回すので嫌がってこの部屋に避難していることが多い。
この部屋の自分のベットでお古のセーターに包まって寝ている方が落ち着くようだ。

猫は寒いのが苦手だ。必ず少しでも暖かいところを見つけて日向ぼっこをしていたり暖を取っている。
ポーの部屋でファンヒータをつけるとすかさずに近寄ってくる。それまでどこかに隠れていたとしても必ずヒーターの前にあらわれるのだ。弱にするとぴったりとファイヒーターに寄り添ってうずくまって、火がつくんじゃないかと心配してしまうくらい、寒がりだ。

そんなポーを見ていると昔のことを思い出した。僕が一人暮らしをしていた頃、アパートには僕が帰るまでまったく火の気がなく真冬は冷蔵庫のように寒かった。

僕の足音を聞きつけたポーが玄関で出迎えてくれるのが習慣になっていたのだけど、真冬はポーは出迎えてはくれなかった。たいがい僕のベットの布団の中で丸くなって寝ているのだ。
寒いアパートの中でその布団の中だけがポーの体温で暖かかった。手を入れるとぬくぬくと寝ているポーの暖かさが、かじかんだ手に心地よかった。
寒い誰もいない部屋で一人でずっと僕を待っていたのかと思うと、可愛そうないじらしい気持ちになった。だけど半面、寒い中を凍えながら帰ってきた僕に引換え、この暖かい布団でずっと寝ていたことを考えると妬ましくも思えた。

「ポー、帰ったぞー」

布団を剥ぎ取ると、丸まったポーが「寒いじゃないかー、このやろうー」というように「にゅぁあー」と鳴いた。

冬になるとこれが毎年くり返された。隣の部屋でストーブをつけても部屋が暖まらないうちにはベットから出てこなかった。しばらくして部屋が温まった頃にやっと起きてきて僕にエサの催促をするのがいつもの日課だった。

もう10年以上も前のことなのだな。

ファンヒーターの前で番人のように座っているポーの背中をなでながら、そんなことを思い出していると、その気持ちを分かっているかのように、ポーが僕の顔を見上げて、小さく「にゃぁ」と鳴いた。



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2005年11月14日

第31話 年賀状の写真撮影

年賀状の写真撮影


うちでは毎年の子どもの写真を何枚か合成して年賀状を作っている。来年の干支は犬なので飼っている犬の写真もそこに加えることになった。
犬年の年賀状に飼っている愛犬の写真を使うというのはよくありそうな展開だ。たぶん来年の元旦には日本全国でそんな年賀状が配られているのだろうと思う。

でも、犬年はあって猫年はない。なぜ干支の中に猫はいないのだろう。

それではポーが可哀想ではないかという話になって、犬年でも猫の写真も載せてあげようと言い出したのはカミサンだった。

子ども達の写真の中にコロ(犬)とポーを入れて、『ウチで飼っている動物たち』というタイトルにしたら…と思ったがそれは言わないでおいた。


というわけでデジカメでポーの撮影を試みたのだがこれがどうも上手くいかない。犬の写真は簡単に撮れた。すぐにカメラ目線をしてくれるし『待て』が効く犬なのでポーズを取らせるのも簡単だった。それに比べ猫の写真は撮りにくい。特にウチのポーは黒猫なので露出が合わずに何だか黒い塊のように写ってしまうのだ。(ちなみに犬の方は白ラブなので写真写りがいい)

かわいい犬の写真の横になんだかよく分からない黒い物体がならんでいたら、ますますポーが可哀想ではないか、こなくそッ!こうなったら意地でもかわいい写真を撮ってやる、と思った。


そういえば貰ってきたばかりの頃、僕は喜んでポーの写真ばかりをとっていた。もう16年も前の話だ。当時はデジカメではなかったけれど、同居を始めたばかりの子猫が可愛くて何枚の何枚もシャッターと押していた。その中には可愛く撮れた写真が何枚もあるのだが、今、老猫になったポーはなかなか可愛く取れない。

目がパッチリしたかわいい猫の写真がイメージとしてはある。そんな写真を年賀状に載せてやりたいのだが実際に撮影してみると、目は細いし色が黒いので輪郭ははっきりしないし、恐ろしげな黒猫が不気味みに映っている写真ばかりだった。


僕としては不気味な写真を使うのもありかなと一瞬思ったが、子どもたちと合成することを考えるとやはりもう少しましな写真の方がいい。

結局100枚ほど撮ってやっと、これは使えるかなという写真が撮れた。子どもや犬の合成写真に使ってみるとなかなか見栄えがいい。

『犬と猫とその他の動物たち』というタイトルが頭に浮かんだ。なかなかいいタイトルだと思ったけど、僕はそれもカミサンには言わないでおくことにした。
posted by ころすけポー at 19:45| Comment(3) | TrackBack(0) | 猫の思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月03日

第30話 16歳になった

ポーは今年の10月で16歳になった。


人間に置き換えると80歳くらいか。じいさんが鉄棒の大車輪をまわるCMがあるけれど、80歳を超えたポーも元気に本棚にジャンプしている。階段を軽やかに駆け上がる様子は若い頃とあまり変りがない。
後ろ足の肉付きもさわってみた様子では衰えは感じられない。
顔つきも昔の写真と比べてみてもそう変りはないようだ。

犬の老いた姿はよく見かけるけれど、猫の年とった姿はあまり見かけないので、僕には老猫というのがよく解らないのだが、他の16歳ぐらいの猫もみんなこんな感じなのだろうか。

猫も犬も人間のようには長く生きられない。彼らの短い寿命を考えると悲しい出来事がすぐそこに待っているような気持ちになってしまうのはいなめない。

一時期僕はポーの年齢を数えては、「まだまだ大丈夫だな…」と自分に言い聞かせていた。

最後のことを想像するだけで胸がいっぱいになってしまう。

でも、ここ数年はポーの年齢を数えて心配するのを僕はやめた。

ポーが元気でいる限り年齢で心配してもしかたがないことだと気がついたからだ。
未来を心配して悲しむよりも、生きていることに感謝して今を楽しむことの方がずっと大事だ。少しでもポーと一緒にいる時間を作ることの方がポーも喜ぶにちがいない。

階段を軽いステップで駆け上がっていくポーの後姿を見るたびに、その健康な姿が長く見られるように願っている。
posted by ころすけポー at 23:31| Comment(2) | TrackBack(0) | 猫の思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月01日

第29話 猫と遊ぶ



群ようこさんの本に猫の鼻をつまんで遊ぶ話が出ていた。猫の鼻を二つの穴をふさぐようにしてつまむと、しばらくはじっとしているものの、耐え切れなくなった猫が「フガッ」息をするという。

ポーでもやってみた。この猫は子猫の時から僕がダンベル代わりに抱っこや持ち上げたりしているので僕が何をしても逆らわずにじっとしていのだ。

鼻をつまむとしばらく「なんだなんだ」という顔でじっとしているのだが、息が苦しくなったのか「フガッ」と口で息をしてお終いになる。

抱き上げて体を曲げ伸ばしする「アコーデオン」という技や、耳を後ろに倒しで顔を出させる「新幹線のぞみ」という技もよくやった。
こんな瞬間芸を楽しんでいるのは飼い主だけで、暇つぶしの遊びに無理やりつき合わされているポーには迷惑以外のなにものでもないにちがいない。


でも、ポーも猫ジャラシによる遊びだけは今でも大好きだ。

市販のものではすぐ飽きてしまうので、釣竿の穂先にナイロン糸をつけて、先端にコルクを結びつけ他モノを使っている。

そのコルクに毛ばりの製作でつかう鳥の羽をつけて、毛ばりやルアーのようなものをつくるのだ。
釣竿の穂先(50センチくらい)に1mほどの糸をつけただけなのに、こうすると離れた場所から指先の動作で先端の鳥の羽を操ることができるので、何回やってもポーは夢中になって遊んでくれる。

釣竿の穂先は上州屋で500円ぐらいでばら売りしているし、毛ばりの鳥の羽も、ピンクやイエローなど何色もあるマラブ―が安価(300円位)で最適だ。

これを使って隣の部屋から誘うと必ずといっていいほど、ポーがやってきてじゃれ始める。コルクの芯なので安心だし、猫が釣れるのも面白い

空中でただよわすと小鳥を襲うようなつもりなのか、身体を低くして下からのぞくポーの目がらんらんと輝いていかにもうれしそうだ。ねらいすましてジャンプ攻撃を何度も仕掛けてくる時のポーはあまり年齢を感じさせない。

床を這わせると、ネズミのつもりなのか前足で抱え込んだり咥えたりて遊んでいる。

生まれてからずっと家猫のポーは小鳥もネズミも見たことがないはずなのだが、もって生まれた狩猟本能が刺激されるようで、この猫ジャラシはポーにとっては生涯のヒット作になっているのだ。


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2005年07月02日

第28話 お気に入りの場所

足をすりすり


普段ほとんどの時間ポーは2階の自分の部屋の窓辺で眠っている。
孤独を愛する猫なのだが、ふと気が向いたときに下に下りてくる時がある。そういうときは人恋しいモードに入っているらしく、しきりとかまってもらいたがる。
先日めずらしく階下にやってきて台所にいたカミサンの足にすりすりしてあまえていた。

その話を聞いたケイタ(5歳)が
「ケイタにもポーはすりすりしないかなぁ」といっていた。

せわしなく動き回る子どもは、猫にとっては苦手なのだ。

じっとしていれば、ケイタの足にもすりすりしてくれるよ、と教えてあげると、階段のところにいたポーに近づいてすりすりしてもらって喜んでいた。

暑い日が続いているので、ポーのいる狭い部屋(元僕の書斎…この話は以前書きました)は冷房もなくかなり暑い。

特に午後は西日がもろに当たるので出窓の遮光カーテンはいつも閉めている。そうしていないと室温がかなり高くなってしまうのだ。でもどういうわけか、ポーはカーテンの向こうの出窓で西日を思いっきり浴びて横になっている。

「ポー、そんなところにいたら暑いだろ」といつも言っているのだが、そこが彼のお気に入りの場所らしくなかなかそこから動こうとはしない。

さすがに暑くなるのか、どきどきしたに降りてきてエアコンのある部屋で涼んでは出窓に戻っていく。でも、エアコンのある部屋は体に悪いと思っているらしく、そんなに長居はしないのだ。

そんなポーも、夜になると玄関の中で飼い犬が寝ているので、絶対に下には下りてこない。自分のお気に入りの場所の方がうるさい犬がいる1階よりも居心地がいいと考えているようなのだ。


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2005年05月30日

第27話 猫と幼児の会話



オテ、オスワリといった芸を猫はほとんどしない。我が家の黒猫ポーの唯一の芸というと、呼ばれると返事をすることだ。
ポーと呼ぶと必ず「ゥン、ふにゃぁー」と返事をしてくれる。

ガク(次男1歳半)がこのポーの鳴き声にうれしそうに反応するようになった。


言葉を覚え始めたガクは誰かのマネをすることが面白いのか、猫や犬の前でも同じ事をして遊んでいる。言葉としてまねているのではなく、聞こえてくる音をそのままマネているようだ。

ポーの部屋にガクがやってきて二人で「お話」をしている。黒猫のポーとガクはなかよしだ。
動物が好きになるように、ふさふさの毛をなぜさせたり、エサをあげるところを見せたり、いろいろ仕向けて少しずつ慣れさせていったから、ガクは猫や犬に平気で近寄っていく。

ポーの方は歳をとって、若い頃と違ってあまり人見知りしなくなってきた。性格がまるくなったのだろう。猫だから丸くなるのは得意なのか、近頃『人間』が出来てきたようだ。(猫だけど…)


ガクが黒猫ポーの鳴声にあわせてまねをし始めるとなかなか終わらない。幼児特有のしつこさで何回も何回もそれをくり返すのだ。

「ニャーニャァァアー」

「にゅやぁーにゅやぁー」

というやりとりを聞いていると、まるで猫と会話をしているようだ。

黒猫のポーは人間の年齢で換算するともう80歳は超えている。そろそろ化け猫になろうかというジイサン猫だから人の言葉なぞ軽く理解しているにちがいない。
一方、ガクの方はまだ生まれて1歳半しか生きていない。人間に換算しても1歳半だ。

そんなガクに、ポーの方が仕方なくつき合ってくれているのだろう。

幼児のガクもまだ人間になりきっていないところがあるので、動物のいうことがわかるのかもしれない。おそらく全部がわからなくても、ポーの言っていることが少しは理解できるのだ。

何を話しているのか、にゃあーにゃあーと言い合っている2人は、なんだかとても楽しそうだ。




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2005年05月03日

第26話 猫のトイレ掃除



ポーのトイレ掃除はいつも僕がやっている。一人暮らしをしていた時はもちろん僕しかネコ砂の掃除をする者はいなかった。
結婚した後カミサンもポーの世話をするようになったけれど、妊娠が発覚してからは、カミサンはえさの世話をするだけでウンチの方はもっぱら僕の当番になってしまった。僕にはよく分からないのだが、妊娠中は猫の糞にはあまり触れない方がいいらしい。
そのとき生まれた長男はもう幼稚園児になっているけれど、今でもその習慣が続いている。

この前、金魚の水槽を洗っている時にふと思った。
(この金魚もエサをやるのはカミサンの方で水槽を掃除したり水を替えたりするのは僕がしているのだ。)
飼っているペットにエサをやることは誰にでもできる。エサやりはペットも喜んでくれるし、与える方も楽だ。子どもでも喜んでできるくらいだから…
でもその出口の方、排泄の世話をする方が本当は大事なのだ。生き物と一緒に暮らしていく上で一番大事なのは清潔な環境を整えてやることやペットの健康に気を使うことだ。
その原点はウンチの世話にこそある。
めんどくさいけれど、生き物を飼うというのはそういうことだ。

ポーのネコ砂を入れ替えてきれいに掃除していると、必ずポーがにおいをかぎにやってくる。入れ替えたばかりの砂の臭いをかいで見たり、あたりをフンフンと確認しているのを見るたびに、小姑の掃除チェックのようだと思っていたけれど、ポーにはきっと誰が一番自分の世話をしてくれているのかわかっているに違いない。

掃除をしているとやってくるのは、僕にお礼を言いに来くるのだ。

「いつも、ありがとう」

ネコらしい無愛想な態度ではあるけれど、彼なりの感謝の気持ちを表そうとしているのかもしれない。
posted by ころすけポー at 13:29| Comment(1) | TrackBack(2) | 猫の思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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