2005年02月27日

第22話 猫のいる風景(その1)

猫のいる風景


公園で猫が暇そうに寝転んでいた。暖かい芝生の上で気持ちよさそうにくつろいでいる猫を見ているとこちらまでのんびりとした気分になった。。
普段何気なく見ている風景でも、そこの猫がいるだけで何だか気持ちが「ほんわか」としてしまう。


天才アラーキーの写真集に『東京猫町』という僕の大好きな本がある。東京の街角をモノクロ写真で切り取った写真集なのだが、その一枚一枚の中で必ずどこかに猫が写っている。
建物の2階の窓から猫が覗いていたり、 車の影で寝ている子猫がいたり…
一匹も写っていない写真があったので どこに猫がいるか探していたら、 電信柱に迷い猫の写真が貼ってあった。
あまりきれいじゃない無味乾燥の街並みも そのすみに猫が小さく写っているだけで、全然違ったものに見えてくるから不思議だ。
風景の一部として写っている通行人の後姿や小汚い親父やうるさそうなオバサンまで、猫が写真の片隅にいることで何だか親しみを感じる暖かい存在になっていた。

うーん、やはりアラーキーは天才だなと
思わせる写真集だ。

丸まって寝ている猫、香箱すわりをしている猫、塀の上で道行く人を退屈そうに眺めている猫、そんな猫のいる風景を見るのが僕は好きだ。


先日、野良猫にエサをやっているギリシャのレストランの話を読んだ。
ギリシャのレストランの前には、お店が閉められた後に小さな箱がおいてあるところがたくさんあるそうだ。中身はレストランで残った魚で、夜の間に猫が食べにこられるようにおいてあるらしい。

この話をきいて、僕はもうだいぶ前のことだけど、日本で猫避けのペットボトルが流行ったことを思い出した。水を入れた透明のペットボトルを庭先に置いておくと猫が嫌がってやってこないというものだった。あの頃住宅街のそこらじゅうでこのペットボトルを見かけたものだ。その効果はほとんどなかったので今ではあまり見かけないけれど、あの頃はずいぶん猫が嫌われているのだなぁ、と知り驚いたことを覚えている。

ギリシャの人たちの猫に対する優しさに比べると、このペットボトルは猫嫌いの人が多いというだけでなく日本という国が持っている『セコさ』『みみっちさ』の象徴だったような気がする。

ギリシャのレストランの人たちに比べ、野良猫に対するものだけでなく、人間の生き方として『余裕』や気持ちの中の『豊かさ』が感じられないのだ。


猫だけでなく、どちらの町が本当に住みやすい町なのだろう、と考えてしまった。


東京猫町

東京猫町





posted by ころすけポー at 11:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 猫のいる風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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