2005年01月18日

第21話 15年という歳月

第21話 15年という歳月


ポーが僕と暮らし始めてからもうすぐ15年になろうとしている。
小さく怯えていた子猫がもう15歳になった。


僕は15年という歳月について考えている。

赤ん坊だった子は今年高校生になっている年月だ。
赤ん坊が高校生になるまでの長い期間、僕はポーと一緒に暮らしている。


15年…その間、僕は結婚して住む所もかわった。仕事もかわったし、子どもも産まれて家族が増えた。
ポーにとっても僕と暮らし始めたアパートの頃とは比べようもないくらいの変化だ。

僕しか触ることが出来ないくらい人見知りの激しかったポーも、子どもたちにいじられても我慢できるようにまでなった。

だけど、僕はアパートに初めて来た時に、おびえて洗濯機の下に隠れていた、真っ黒な子猫のことをいつも思い出している。
15年前の成人式の日にうまれて3ヶ月ポーをもらってきた。当時は成人式は1月15日に決まっていたからはっきりとその日のことを覚えている。


僕と暮らし始めたその日、初めての部屋におびえて震えていた小さな真っ黒な子猫…

少しでもさびしくないようにと、母猫の匂いがしみこんだバスタオルも一緒にもらってきていた。
それをダンボールの中に敷いてあげたけれど、その晩は洗濯機の下に隠れてしまってそこから一歩も出てこなかった。

懐中電灯を片手に床に這いつくばって覗き込むと、洗濯機の下で小さくなってポーが震えていた…

それはつい昨日のことのように感じられる。

僕は、久々に自分で飼う事になった小さな命がいとおしくて可哀想でしょうがなかった。

そのポーとのつきあいも今年で16年目に入る。まだカミサンともそんなに長く一緒に暮らしてはいない。考えてみると、僕の母親ともそれ位の年月しか一緒に暮らしてはいない。

僕とポーは、他の家族の誰よりも長い時間を同じ家の中で過ごしてきた。

ポーの頭や咽喉をコリコリと掻いてあげながら、これから先、その時間がどのくらい続くのだろう、と思っている。

posted by ころすけポー at 11:47| Comment(2) | TrackBack(0) | 猫の思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月12日

第20話 猫を抱く

第20話 猫を抱く



飼われている猫の中では人に触られたり抱かれることを嫌う猫もいるようだ。知人のうちの猫は体を拘束されるのを嫌うのか、抱っこするとすぐに嫌がって逃げていってしまうという話を聞いた。

ポーは小さいころから僕が抱っこしたり、ダンベル代わりに持ち上げたりしていたので、今でも、人に触られることは嫌いではないようだ。


ポーのいる部屋に入ると、足元によってきて頭を押し付けてグリグリしてくる。かまってくれよーと言っているみたいでなので、しばらく抱っこしてやると満足するようだ。

年をとって人見知りもなくなってきたポーは、昨年生まれたガク(ケイタの弟)にもすぐに慣れた。ガクを抱いてポーの近くでみせてやると、挨拶のつもりか「ニャ」と小さく答える。

だんだん、愛想がいい猫になってきたようだ。

幼稚園児のケイタが
「ポーちゃん、重いよなぁー、持ち上げられるかなぁ」というので、そっと抱っこさせてみた。
すぐに逃げてしまうかなと思ったら、以外にもポーはケイタの腕の中で丸まっておとなしくしている。

「ガク(10s)の半分しか重さがないから、軽いだろ」
「うん、かるいよぉー」
「ポーちゃんは年寄りだから、やさしくしてやってくれよ」
「ポーちゃん、死んじゃうの?」
「まだ元気だから、とうぶん大丈夫だと思うぞ」
「ポーちゃんが、お墓の中に入っちゃうのは、嫌だ…」

少しでも『死』の話題に触れるとすぐに涙目になるケイタが、そう言って泣き出しそうになった。

「もうすぐ、15歳だけど、まだまだ、たくさん食べるし、元気だから、とうぶん死んだりしないよ」

ケイタにではなく、僕は自分にも言い聞かせるようにそう言った。

「とうぶん大丈夫だよな、ポー」

ポーにそう問いかけると、ポーはいつものように小さく、「にゃ…」と答えた。
posted by ころすけポー at 01:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 猫と子ども | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月07日

第19話 年老いた猫との会話

第19話 年老いた猫との会話



「ポーおじいちゃん、ほら、お湯でふやかしたキャットフードよ」

「いつも、すまニャイねぇー」

「それは言わない約束でしょ!」



20歳ぐらいの猫の話を以前どこかで読んだことがある。
年を取って食も細くなったのか毎日お猪口一杯のおかゆをピチャピチャと舐めるのが唯一の食事だという。それ以外はあまり動こうともせず、一日中寝てばかりいるらしい。

ポーはまだ元気に固形フードを喜んで食べているけど、いつか上記の会話のようにふやかしたエサを与えるようになるのだろうかと思う。


ポーは子猫の頃から固形のフードが基本の食事だ。たまに僕が食べ残した焼き魚を塩抜きしてあげていたけれど、基本は固形フードで、週に2回ぐらい缶詰をあげている。


好物の煮干をボリボリと食べているポーも、やがては歯が抜けて、20歳の猫のような食事になるのだろうか。

もっとも、たまにあげている猫缶もあっという間に平らげているポーにはまだまだ先の話のようだ。

それとも、ボケてしまって自分が食べたことも次の瞬間に忘れてしまっているのか…それはそれで幸せなような気もするが。

「ニャぁー−ニャぁああー(ましゃこさん、わしのー食事はーまだかな…)」

「ポーおじいちゃん、朝ごはんは今食べたばかりでしょ」

「にゃぁあ?」

こんな会話がかわされる日がくるのだろうか。


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2005年01月03日

第18話 猫の寝顔

第18話 猫の寝顔



『どんなに辛いことや悲しいことがあったとしても、猫は幸せそうな顔でねむっている。』

ある高名な哲学者の言葉だ。


猫はニャアーと笑った顔のままで寝ている。そんな猫の寝顔を見るのが好きだ。
ポーが丸まって笑いながら寝ていると、歳が歳だけに(今年で15歳)ちょっと心配になって鼻息をうかがう。お腹がかすかに上下しているのを思わず確認してしまうのだ。

生きていること確認してから、安心してその寝顔を眺めている。
猫の寝顔は幸せそうだ。15年も生きているのだから悲しいことも数多くあっただろうに、ポーは幸せそうに眠っている。
僕はそんなポーを見ていると、縁側で日向ぼっこしているお婆さんがうつらうつらとしている姿を思い浮かべてしまう。

ふと、幽冥境を異にするという言葉が浮かぶ。

インターネットを検索すると猫を題材に扱ったホームページが多い。多くの人が猫に寝顔を見ることを好んでいるのだと僕は思う。こんなに猫が好きな人が多いのかと改めて驚く。

(もうかなり前だがペットボトルに水を入れて庭先に置くのが流行った。猫が近寄らないと言うらしいがそのときはあちこちにペットボトルが置かれているので、猫がこんなに嫌われているのかと思ったものだ。やがてそれは廃れてきたけれど…。)

猫は何も芸らしいことはしなくても、その寝顔で僕たちに安らぎを与えてくれているのだと思う。


『どんなに辛いことや悲しいことがあったとしても、猫は幸せそうな顔でねむっている。』

ある高名な哲学者の言葉だ。高名な哲学者というのは僕(ころすけポー)のことだけど…。

posted by ころすけポー at 10:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 猫の思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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